放射能汚染水保存の提案

2011年3月31日 § 2件のコメント

福島原発の核燃料冷却に使った放射能汚染の水をどう処理するか。

タンカーに移せば、という居酒屋で酔っぱらったオヤジのアイデアと政府が持ち出したアイデアが同じであるなら、自宅で出来上がりつつあるオヤジが提案してもなんら問題ないだろう。

へべれけオヤジは計画停電からくる朝の超満員の通勤電車の中で考えていた。
そうだ、トンネルだ!、と思いついた。
トンネルを掘って防水処理する。そうすると巨大なタンクができるではないか!

1年、2年後のことを考えて今から掘り出してもいいかもしれない。
そして、トンネルを掘った山ごと防水処理をするのだ。
これから10年、20年とかかる廃炉を考えると十分現実味のあるアイデアではないであろうか。(ばかやろー!というコメント覚悟。でもタンカーはいつ座礁するかわからないぞ!)

話は変わって、よく出てくる半減期の話で、ヨウ素131の半減期が8日でセシウム137の半減期が30年ということで、ヨウ素131は8日で消えてしまいますとなんか安心させられるような話ですが実は違うのですね。
例えば10万個の同じ量のヨウ素131とセシウム137があると、ヨウ素131は8日間で他の元素にかわって放射線を出し、セシウム137は30年間かけて他の元素に変わる。だから、一時に出る放射線の数はヨウ素131の方が比べ物にならないくらいに多いということになる。
こちらを見てください。

http://www.ies.or.jp/japanese/mini/mini_hyakka/33/mini33.html

策に窮す

2011年3月30日 § コメントする

福島第一原発の事故は、どう収まるのだろうか。
炉心を冷やすためには水を入れるしかない。しかし、水は漏れていく。漏れた水を回収しなければならない。回収した水をどうするか。

タンカーに入れろ!というアイデアがニュースで出るようになった。
タンカーに入れて、そのタンカーはどこでその水を陸揚げするのだろう。
次はタンクローリーを持って来い!というアイデアだろうか。
その次は家庭のポリタンク?

居酒屋でへべれけ親父が出すアイデアと同じような話が真剣になされる事態。

本当に深刻な事態。

今日の東電勝俣恒久会長の早期に海水を入れることに躊躇はなかったという言葉が嘘に聞こえてしかたがない。

あたりまえのこと

2011年3月29日 § コメントする

夜のニュースで、被災した旅館の若女将が廃業を伝えている映像がありました。
そして、その女将が「あたりまえのものがなくなった」と言っていました。

もう10年以上にもなるでしょうか。広告の仕事で「あたりまえが難しい」というコピーを書いたことを思い出しました。コピーの意図は、あたりまえのように求められる信頼性や納期を守ることは実は難しく、それを長年守り続けていますということでした。

被災地の旅館の若女将の言葉も、あたりまえのものが確かにあったのですが、それは作ってきたものであったし、作り続けていたものだったということを語っているようでした。
それが今度の地震と津波と原発事故で無くなった。

あたりまえのようにあったものが無くなり、根拠となるものが無くなった。

青いビニールシート

2011年3月28日 § コメントする

今日は古河まで行って来ました。
池袋から電車に乗って行ったのですが、途中で屋根を青いビニールシートで覆っている家をあちこちに見ました。地震で屋根瓦がずれてしまったようです。
モクレンの白い花が咲いているのも見ました。
地震も津波も花が咲くのもみな自然のこと。

雀は知らない

2011年3月27日 § コメントする

雀が地面に何かあるのか啄んでいるのですが、ここにも以前に比べて放射線物質が多く落ちてきているはずで雀はそのことを知るわけもなく、もし東京から人がいなくなったとしても雀は居続けるのだろうかとか、ぼーっと思ってみたりしました。

ひょっとしたら人より先に雀がいなくなるのかも・・・。

花のこと

2011年3月26日 § コメントする

桜の花の咲くことを忘れていた。

花見とかいう話も忘れていた。

花の咲くこと覚えたり地震(ない)のあと 歩ら

と今朝方一句浮かんだ。

まだまだ寒い日が続きますが、さやえんどうやそら豆の花が咲き、

白菜は茎立ちしてきれいな花を咲かせています。

夜中のカラス

2011年3月25日 § コメントする

夜中なのにカラスが騒いでいる。
普段ならそういうこともあるだろうぐらいで別段心配などすることもないが、大きな余震に気をつけろと言われている最近では気になってしまう。

テレビで見る被災地の避難所はまだ真冬の寒さの中で灯油やガソリンの不足で困窮しているという。凍死という新聞の見出しまである。

水戸の寮にいる息子が先の連休に帰ることができた。息子は言った。ここは天国だ、と。

でも地震のあとに次々に被災地の言葉に表せない惨状をテレビで見て、その見る方も少なからず悪しき影響があるように思う。

みんながいっしょにしょげてしまってはいけない。
被災地の周辺としてより活発な行動をすることが、消費をすることも、復興を助けることになると思う。

また、こういうこともある。保谷駅前で時々立ち寄るフレンドの救援金箱はぎっしり詰まっていた。みんなただ酒を飲んでいるだけではなく、今度の震災のことを思いつつ飲んでいる現れと思う。

しかし政府の対応はもっとすみやかにならないものだろうか。被災地の中の病院の窮状を何度もテレビで見るのはどうもおかしい。2週間が過ぎているのに。原発の退避地区に指定された人たちのこれからのことも大変だ。どう対処しようとしているのだろう。もちろん考えていないわけではないだろうが、心配してしまう今の政府に腹が立つ。

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